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嫌いな人がいない人の心理とは|秘訣は無関心でいること

甚だ疑問なのだが、他人を批判して蔑み嘲笑することの何が楽しいのだろう。

稀にこの世の汚点に素早く反応し

呼吸をするように憎まれ口を吐き出す人がいる。

一体何が楽しいのだろうか。

 

今回は「嫌いな人」について話そうと思う。

先に断っておくと僕には嫌いな人がいない。

これは綺麗事ではなく頭の中のどこをほじくりまわしても

僕の辞書には「人が嫌い」という言葉が存在しないのだ。

レッツラゴー

嫌いな人がいない人は心が満たされている

もくじ
  1. 嫌いな人がいない人は心が満たされている
  2. 好きの反対は嫌いではなく無関心だ
  3. 性格の歪みには言及しない

なぜ汚点に過剰に反応するかと言われると

それは自分に自信を持てないことが原因である。

 

親から認められない不安。頭の良し悪しが数値化された末の劣等感。友人関係の焦燥感。

特に思春期はその全てが空っぽな心を作り出している。

食事を摂らずにいるとお腹が空いて力が出ないように

渇ききった心は常に温もりを求めているのだ。

 

心のコップを満たすため人は様々な行動に出る。

ここで心理学者マズローが説いた欲求5段説を紹介したい。

マズローの欲求5段階説
  • 生理的欲求
  • 安全の欲求
  • 所属と愛の欲求
  • 承認の欲求
  • 自己実現の欲求

嫌いな人に構う人は安全の欲求に取り憑かれている。

人を攻撃して密かに自分の位置の相対的上昇を狙っているのだ。

勉強を得意とする人がそうでない人に非難されるのは

勉強が得意な人を攻撃できる自分は

その人よりも上の立場にいると思い込むのが都合がいいからである。

 

つまり人の一挙手一投足に文句を言える自分は

偉くて価値のある人間だと勘違いしているのである。

そんな自分の身には危険が及ばないはずだと勘違いしてしまう。

 

翻って人に文句をつけない人間は

安全の欲求が満たされている。

自分に満足しているから人を傷つけることによる精神の安寧を図らない。

 

自分を俯瞰し、人を小馬鹿にして嘲笑したい欲求が見え隠れすれば

あなたの心は少しづつ渇いてきているのかもしれない。

何か1つでいい。自信を持てる力やスキルを身につけることだ。

好きの反対は嫌いではなく無関心だ

もくじ
  1. 嫌いな人がいない人は無関心を貫いている
  2. 好きの反対は嫌いではなく無関心だ
  3. 性格の歪みには言及しない

そもそも嫌いな人がいないというのは

他人に対して無関心なことが多い。

何をされても「また何かやっているな」で済ませてしまう

非情なまでに冷静で

好意的でない人に時間を費やすことの非効率さを知っている。

 

嫌いは人がいない人はまた

他人の良いところを見つける天才でもあると思っている。

手前味噌だがソースは僕だ。

ポジティブな情報を見つける訓練をしていると

幸福な出来事への反応速度が高まり

人生の中で幸せな出来事が増える。

 

不幸な情報が目につく頻度は相対的に減っていく

あとで振り返った時、幸せな思いを巡らす人生になる。

 

僕の場合は好意的でない人間のために時間を使うことを辞めた。

好きな人に時間を使うことを優先して嫌いな人を断絶した。

次第に「嫌い」という感情が消え、無関心に変わっていった。

もちろんはじめは好意的な人間でさえ関心が薄くなってきていた。

そこで人の良いところに目を向けるよう訓練したのだ。

言動や行動、そこにまつわる思いの全てを観察した。

静かに淡々と分析した結果、それまで鼻についていた行動にも

プラスの価値を見出して評価できるようになった。

性格の歪みには言及しない

もくじ
  1. 嫌いな人がいない人は無関心を貫いている
  2. 好きの反対は嫌いではなく無関心だ
  3. 性格の歪みには言及しない

人が嫌われる原因は性格が悪いという理由が多いだろう。

中高生でいう性格が悪いというのは自分勝手であるとか、仕切りたがるだとかである。

自分のことしか考えない大人も当然嫌われる。

 

性格に関してだが、歪みが生じるのはもうしょうがないことなのである。

そもそも性は遺伝子に依存すると明らかになっている。

最近の遺伝学でも色々なことが判ってきていて、人間の性格は50%は遺伝で決まります。ですから生まれた瞬間に半分は決まっています。では、残りの半分はどの様に決まるのでしょう。これは外部環境で決まるので基本的に親の育て方が与える影響は少ないです。

ただし、誤解がない様に言っておきますが、親の虐待の様な普通ではあり得ない状況に関しては別の話になります。そうではなく普通の状況下においてはさほど影響を与えるものではないということです。

https://daigoblog.jp/parent-influence/)より引用。

つまりは性格の歪みの半分は自分ではどうしようもないのだ。

 

だから鼻につく行動や普通ならイラっとする発言を僕はスルーすることができる。

「あぁ、遺伝でこうなってしまったのか…」とかなり冷めた対応を取る。

ちなみに僕は頑固で冷静沈着な遺伝子をこれまでもかと受け継いでいる。

自分では納得のいく人生を歩んでいるが、端から見たら僕の存在は気持ち悪いのかもしれない。

 

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ゆーまー
大学4回生に通う感覚派ブロガー。趣味で運営しているブログは月間10万PV。ポケモンや人狼が得意。